隙間に挟まる話

右耳を信用するな、左が心臓だ。あなたの隙間に、そっと挟まります。

空白の銀河鉄道

 

 

• 納豆

• 椎茸

• ラー油

• チョコパイ

• シャー芯(2B)

• イラストロジック

 


……あ、ごめん。

メモ帳と間違えた。

 


だって、そういう感じなんだもん。

書いちゃうでしょうが。西友で買うものくらい。

 


 


そんな生活感丸出しの私は、珍しく電車に乗った。

 


このへんの電車は20分に一本。

乗り遅れたら、もう待つ気がしない。

 


私の体力は、次の惑星……じゃなかった、

次の電車を待てるほど残っちゃいない。

 


なんとか飛び乗った車内は、パラパラと人が座っている。

 


時間は19時。日曜日の夜。

でもなんだか、猛烈な違和感。

 


私以外、みんな若い。

 


なに、これ。

 


こんなことある?

修学旅行の専用車両に、ウザいOBが張り切って乗り込んじゃった?

 


大丈夫。

「アタイの若い頃はヨッ!」なんて気さくに声かけて説教するつもりはないから。

 


君たちに語れる話なんて、星のカケラもないんだよ。

 


光ってる。

星空も、若い子たちも、無駄に目立ってる。

 


……ずるい。

 


まだまだ外は寒いのに、足首を潔く出してる男の子。

 


そしてその隣には、

迷いなく「おへそ」を剥き出しにしている女の子。

 


小さくて、でも深い深いブラックホール……。

せっかくだから、その穴に花粉でも吸い込んでもらおうか。

 


現代人、素肌の感覚どうなってるの?

 


こっちは厚手のホットコットと腹巻きで、

藁に包まれた納豆みたいに、ぬくぬく守ってもらってるのに。

 


ホントに同じ星の生き物かよ。

 


……風邪、ひかないようにしなさいよ。

 


 


ただの若者。

ただの帰り道。

 


……のはずだけど。

 


私だけ妙に浮いてる。

 


妙に静かで、

変に落ち着いていて、

それでいて、何を考えてるかわからない、

 


……美人。

 


私、……メーテル?

 


もしかして、

この子達を引き連れて、列車に乗ってるメーテルなんじゃない?

 


いつまでも目的地に着かないから、だいぶ老けて、太って、

ブリーチして明るくなった髪も伸ばしっぱなしで……。

 


この子たちは乗客で、

私は、ただ横にいるだけの……美人。

 


みんなスマホを舐めるように見ている。

むしろリアルに舐めてるんじゃないかってくらいの距離。

 


あっちの子なんて、スマホの画面を鏡にして、

歯に挟まった「えのき」を舌で必死に舐めとってる。

 


銀河鉄道の旅路で、えのきと口の中で格闘するヒロイン。

……見たくない。4K画質で見たくない。

 


隣の男の子なんて、耳から「白しめじ」みたいなイヤホンぶら下げてるし。

 


火星みたいな赤い髪で、前髪が目にかかってて、

……鉄郎?星野鉄郎なの?

 


どこに行ってたのよ。きのこの惑星?

干からびた特大なめこみたいな宇宙人と交信してるの?……ET?

 


かくいう私も、

「君らには……まいったけ」と呟きながらスマホを見ているけど。

 


若さっていう、期限付きのプレミアムパス。

なのに無料で配られている。

 


そう、この子たちには、これからがある。

希望がある。

 


……私のは、たぶん期限切れ。

 


ふと気づくと、向かいの席のカップルが、

イチャイチャしながら、でもチラチラとこっちを見てくる。

 


……見せ物じゃないのよ。

 


あなたたちだけの世界に入って、

あなたたちの天の川を走ってんじゃないのよ。

 


いつまでも見つめ合っちゃって、織姫と彦星かよ。

年に一度しか会えないんだったら、この際星乃珈琲店で濃く深くブレンドしてもらってよ。

 


こっちは腹巻きと脂肪の厚み分、壁に圧をかけて

一生懸命に一人分の座席を確保してんのよ。

 


 


ガタン、ゴトン。

 


どこからともなく、車掌のアナウンスが聞こえた気がした。

 


「次は──青春。青春に停まります。ドアは若者側に開きます。」

 


ヘソで花粉を吸い取る女の子がいたと思いきや、

えのきを絡め取ってる女の子。

七夕気取りのカップル。

……ETと交信してる男の子。

 


そして、黒のホットコットを、襟から見せつけて、

メーテル気取りの私。

 


私以外は、未来行きの各駅停車。

これから停車するたびに、楽しいイベントが待っているんだろう。

 


私は、待ち合わせ駅すら通過する、終点までの直行列車。

 


いくつからでもやり直せる?

 


そんな気力、残ってるわけないでしょ。

 


いい?やり直せるからって挑戦する人は、

「さぁ行くんだ、その顔を上げて」って歌う前から、とっくにチョコザップに入会してるんだよ。

 


結局、今までやらなかった人は、ずっとそのまま。

それが現実、皮下脂肪なんだよ。

 


綺麗事、並べてるんじゃないよ。

血液型、A型なの?

 


ノートを最初から最後まで、

一文字の乱れもなく綺麗に書き通す、

A型の執念なの?

 


……ええ、それは立派だと思うわ。

 


……でもね。

 


人生っていうのは、

 


最初の数ページだけ気合を入れて、

途中から文字はラー油をかけられたミミズみたいにのたうち回って、

 


最後のほうは、

買い物のメモと、目標体重を書き込むだけの余白になるの。

 


そういうものなのよ。

 


……なのに、チョコパイ、なんて書いてしまうのね。

 


愚かだわ、私。

 

 

……。

 


……急に、虚しくなってきた。

 


……口調だけが、変わってきてる。

 

 

 

 


みんなそれぞれ、違う星を目指してる。

でも、最後は同じアンドロメダに辿り着く。

 


……でもまだ、誰も気づいてない。

 


窓に反射する車内の光景が、集合写真に見えてくる。

 


眩しい若者たちの真ん中に、

一人だけ、妙に浮いた顔の女が、紛れ込んでる。

 


……なぜか、案内役みたいに写ってて、

ちょっとぽっちゃりしてるけど、

でも、……美人。

 


きっとこれを見た若者たちは、

消しゴムマジックで、私を指一本で消し去るんだろうな。

 


そうやって時代から、消されていくんだろうな。

 


消された後に残るのは、

 


「なんか極暖ヒートテック見えてる、

勘違いお姉さんいたよね」

 


っていう雑な記憶だけだ。

 


機械の体だったら、こんなこと考えなくて済むのかな。

 


私はこれからの人生、

何を目標に、何を楽しみに生きたらいいんだろう。

 


後ろを振り返っても、

そこにあるのは「廃線」になった線路だけ。

 


 


私はカバンから、一冊の本を取り出した。

 


2Bのシャーペンの芯をカチカチと出し、

少し太い線を引く。

 


人生の終着駅に向かう直行列車の中で、

私が必死に埋める、マス目。

 


線はすでに引かれている。

決まった枠の中で、埋めていくだけ。

 


銀河鉄道999。

「9」が続く。

 


暗闇の「9」。

急行の「9」。

……くびれの「9」。

 


一つ、また一つ、星が埋まっていく。

 


どこまでも続く線路。

歪な曲線を描きながら、いつまでも終わってくれない旅。

 


「次は──新天地。新天地に停まります。夢をお持ちのお客様は、こちらでお降りください。」

 


若者が数人降りる気配がした。

 


……いってらっしゃい。

 


その星は、きっと悪くないよ。

 


……席が、少し余った。

 


未来とか、希望とか、そんな大層なものじゃない。

 


ただ、寂しく空いているところを、

数字を確認しながら埋めていくだけ。

少しだけ、印をつけながら。

 


もう一度、カップルの視線を感じる。

 


しつこいよ。

……見てるんじゃないのよ。

 


こっちだって負けじと、

ジロジロ……ばぁ。

 


……

 


ガタン、ゴトン。

 


私には、ガタイ、5トンに聞こえる。

 


ポーチからエリン、ギ……

耳栓を取り出して、ぐいっと耳の中に突っ込んだ。

 


電車が揺れるたびに、芯の先が滑って、

少しだけ間違える。

 


でも、手は止められない。

 


全部埋めたら、何かが浮かび上がる気がした。

 


人生の意味とか、答えとか、

 


香り松茸、味しめじ、

キクラゲ海藻、海苔コーナー?

 


……みたいな、そういうものが。

 


最後のマスを、グッと埋めつくす。

 


ホットコットがじわっと熱くなって、

私の何かが

“はっこう”した気がした。

 


私は少し腕を伸ばして、ページを眺めた。

 


なんだか、やたらと数字が大きく、不恰好に見える。

 


そうだ。

 


……これ、ナンプレだった。

 


ガタン、ゴトン。

 


「まもなく終点──西友。どなた様もお買い忘れのないよう、お確かめください。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もうシミ以外愛せない

 

 

ダナが褒めてくれなくなった。

そう、アラフォーに差し掛かったあたりからだ。

 


昔はあんなに溺愛してくれてた。

 


「可愛いね」

「その服似合うじゃん」

「幸薄そうな顔が守ってあげたくなる」

 


……おい。

薄いのは顔だけじゃねぇんだぞ。

 


でも今は何も言わない。

 


たまに「妻しか勝たん」って寝言で口ずさむくらい。

しかもそれ、刺身のツマかもしれん。

 


服を変えても反応なし。

髪を切ってもノーコメント。

 


なのに愛犬にはこうだ。

 


「きゃわわわ♡なんて可愛いお顔でちゅか〜〜?」

「お洋服買ってもらったの?まぁ〜きゃわい〜♡」

 


ひどくない?

 


鼻の高さ0.5ミリの女だよ?

ガニ股で毛深いのに、後ろ足だけブラックネイルしてるあざとい女だよ?

 


そりゃ私はシワもたるみも出てきた。

シミだって……。

 


って、誰が「シミマスタードフェイス」だよ!

夫の心の声を勝手に代弁するんじゃないよ!

 


 


そんなダナは「古着」が好きだ。

経年変化の虜だ。

 


綿のTシャツ。

デニム。

革のブーツ。

 


お小遣いでコツコツ揃えている。

 


YouTubeは古着と革と、

イケオジファッションばっかり出てくる。

 


そしてしつこくこう聞いてくる。

 


「この生地どう?厚みいいでしょ?」

「この色落ちどう?味出てきた?」

「この縫製どう?ちゃんとよく見て!」

 


……ずっと布の話。

 


外出中にも。

 


「ねぇこのTシャツどう?風合いよくない?」

「このデニムどう?シワ深くなってきた?」

「このブーツどう?ツヤ出てきた?」

 


信号待ちでも。

 


「この生地の素晴らしさ、説明してみて!」

 


……うるせーーーーーーーーーーーよ!!!

 


うるさいし、知らねーよ!!

 


どうかしてるのはお前だよ!何度も挑んできやがって!

布に過敏に反応する闘牛かお前は!

赤信号で突進してきてんじゃねえ!

 


どうどうどうどう、牛を落ち着かせたいのはこっちだよ!

布の愛が本物ならもっと堂々としろよ!

 


「布だぜ?」

「ただの布だぜ?」

「僕の背中には布がある」

 


って、堂本光一も教えてくれてるじゃないの!

 


 


あまりにも私の反応が薄かったのか、

ダナが突然こう言った。

 


「なんか、財布でも買ってあげようか?

…ずっと使えるやつ。見立ててあげるよ。」

 


え……?

 


私がそんなに物を大切にする女だと思ってるの?

 


愛犬の毛並みは手の油でコーティングしてる程度。

車は磨かず、日焼け止めの手垢がついたまま10年乗り続けてる。

読者の頭なんて撫でたこともないし、優しく扱った記憶もない。

 


そんな女が、

高級な革の財布を大事にすると思ったの?

 


何もわかってない。

私のこと何一つわかってない。

だいたい、わかる気もないでしょ。

 


私なんか、もういつ消えてもいいのかもしれない……。

薄い胸に手を当てて考える。

 


どうせ私なんか、“経年劣化”女だよ。

心の布地にぽっかり穴あいてるよ。

 


……

 


……いや、

違う?

 


貴方が愛してやまない“経年変化”ってのはさ、

 


新品にはない、

使い込んだ者にしか出せない深みと、唯一無二の証。

 


そのことなんでしょ。

 


見てみてよ、このシワ、このシミ、このたるみ。

 


これこそが、

 


貴方と暮らし、

貴方の無関心という名の荒波にもまれ、

この世で唯一の「妻というヴィンテージ品」に熟成された証なんだよ!

 


そう、私は劣化じゃない。

進化の最終形態。

 


伝説級の味わい深さを手に入れ、

顔面エイジングを究極にマスターした、

 


「シミマスタードワイフ」なんだよ!!

 


牛のキズとシワに興味あるなら、

妻のシミとシワにも興味持て。

 


経年変化が好きなら、妻の老化も愛してみろ。

 


中古品を愛せる貴方には、

それができるはずよ!

 


わかった!?

 


 


……。

 


なんちゃって、…な。

 


全部、妄想。

全部、期待しただけだシーチング!

 


コットンの胸で眠る夢なんて、もう見ないんだから!

 


そうだよね……混合麻子。

そうでしょ……帆布生地11号。

 


どうでもいい!どうでもいいよ!

 


私はもう、

ちゃんと扱われる前提で生きてないんだから!

 


寂しいところにキルト芯当てて守っていくんだから!

 


みんなこんな話、

かかとの皮いじりつつ読んでるし、

読んだとしても、ベロア出しながら走り去っていくし。

 


もう、いいよ。

パイルでもかじってるから。

 


だけど、

せめて……。

 


もし、読むなら、

その、あったかそうな毛皮を、

画面にファーっとかけて……

 


一瞬だけ、

マスタードごと、

全部抱きしめておくれ。

 

 

 

 

 

 

 

キャンディ牧場、tokyo

 

 

皆さん、お元気ですか。

 

ん?ここ、なんだかにおいますね。
……すかし芋、誰がそんなに蒸したんですか?

 

ええ、私ですとも。
まだお腹の張りが治りません。
腸までもが自己主張してくる厄介な年頃です。

 

そんな芳しい香りをまとった私は、
久しぶりに東京へ行ってきました。

 

あのコンクリートの熱気と、
白い息と、
人の気配が渦を巻く大都会へ。

 

まるで巨大な鍋の中で、
さまざまな感情が煮詰まって、
ねっとりトロミを帯びて、

 

誰かの焦りと、誰かの希望と、
誰かの硫黄の香りが一緒くたになってる、
そんな街です。

 

あれだけの人が、
黙々と、しかし淀みなく歩いているのに、
なぜか──若い女の子の顔が、みんな同じに見える。

 

歳を取るって怖いですね。
認知機能が「キャパい」ことになってますね。使い方は合ってるのでしょうか。

 

「金太郎飴かよ!」と、
心の中で絶叫せざるを得ませんね。

 

どこを切っても、同じ顔、同じ雰囲気。
目が大きくて、
髪型も綺麗に整ってて、
腕もツヤツヤで。

 

無難で、清潔で、
どこかで誰かが決めた「ちょうどいい、ヒジ」に、
全員がきっちり収まっている。

 

あ、ビジュでしたか?
…どっちでもいいですね。
この歳になったら、肘がスベスベなだけで羨ましいのですから。

 

女の子なので、
金太郎ならぬ、「金花子」ですかね。
可愛らしい響きです。

 

その金花子は、
駅の階段にも、ビルの裏側にも、
白目むいたマネキンが
ガラス越しに突っ立ってる場所にも生息していて、
まるで無限増殖でもしているかのよう。

 

さっきすれ違ったばかりだというのに、
角を曲がったら、もう復活して現れる。

 

「あんたらはドラクエの城下町の住人かよ!」と
何度も口パクでツッコミを入れました。

 

……ええ、関わってはいけない女ですね。
しかも、ドラクエやったことないし。

 

いや、待ってください。
「8番出口のクールビズおっさんかよ!」のほうが、
ちょっぴり今風でしたかね。


これも、狩野英孝の実況動画をチラ見しただけで……やったことないけど。

 

でもね、ふと気づいたんです。

 

向こうから見ても、
私たち母親世代以上の顔なんて、
たぶん全部同じに見えるはず。

 

輪郭が、べっこう飴か千歳飴かの違いだけで……
体臭が、ニッキ飴かたんきり飴かの違いだけで……
あとはだいたい溶けてボヤッとしてて、

 

「毎日輪郭だけ違う母が歩いてくる」
「振り返れば、母がいる」
「見渡す限り母」

 

「ここ東京じゃなくて、普通に『マザー牧場』なんだが。」
そう思われているかもしれない。

 

だったら東京は、
四方八方、お母さんに囲まれてる、
安らぎの街じゃないか。

 

子どもたち、
寒空の下、本当にお疲れ様。

 

体だけはあったかくして、
でも背中のホッカイロは
ちゃんと剥がして洗濯機に入れるのよ。

 

ばさ美お母さんは、
そろそろ田舎に帰ります。

 

なんだか、役目を終えたような、
でもまだ温め足らず、
濡らしたら発火しそうな、
そんな冷たさを背中に貼り付けながら。

 

地下鉄のエスカレーターを降りると、
子どもたちが
飴のカケラみたいに、ぽろぽろと無機質に溶け落ちて、

 

キラキラと光に当たって反射して、
この街のアスファルトに吸い込まれていく。

 

いつか、
誰にも拾われず、
スッと消えてしまいそうな……

 

……そんないかにも意識高い系noteみたいなことは、
絶対書かないつもりだったけど。

 

せっかくだから、
私だって筆を滑らせてみたかった。
一度くらい、エモらせたかった。

 

だけど、お母さんは願う。

 

甘くて繊細な、金花子。

 

飴を、雨に濡らさないで。
顔が濡れると、
あなたの力が抜け落ちてしまう気がするから。

 

どうか、
飴の側面カーブを素手でかち割って
そこらの動物に与えないで。

 

そんなんじゃ、
誰も満たされないって
あなたも気づいてるでしょ。

 

甘い言葉で近づく
ジャム好きの白髭おじさんには気をつけて。

 

顔を、
あんこ飴に取り替えられる前に、
逃げなさい。

 

急いで……でも、
お母さんみたいに、滑って転ばないように。

 

お母さん、田舎に帰ったら、
あなたの好きな大学芋を作ります。

 

ただ、
砂糖が切れていましてね。

 

だから、
一緒に帰ってきて。
その甘ったれたカケラ、
少しだけ貸してくださいな。

 

じっくり揚げて、
そっと溶かして黄金色の蜜にして、

 

愛情と、田舎の
深くて逃げ場のない味を
しみしみにして返します。

 

その頃には、
きっとあなたも一皮むけて、

腹を張って堂々と、

 

「牧場物語の村娘」を名乗れる
すかした女になれますよ。

 

シュガー村と
みんなの願いだか
なんだかのやつの。

 

……たぶん。

 

 

ママ、
ゲームってガチでやったことないけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ブサゲソカメラ

 

 


ねむい。

眠い目を擦りながら、起きた朝。

 


……なんだよ、これ。

眼鏡の上から擦ってた。

どおりで視界が曇るはずだ。

 


カーテンを少しだけ開ける。

目の前は大学病院なので、視線が入らない角度を探りながら。

朝から誰かに見られている気がする生活も、それこそもう5年目だ。

 


窓辺には、アロエと金のなる木。

ゆらゆら揺れている。

もちろん揺れているのは私の方。寝起きでフラフラしているからだ。

 


多肉が揺れてたら怖い。

揺れないくせに、アロエの健康の恩恵も、金のなる気配もない。

 


キッチンに立ち、ダナのためにおにぎりを握りしめる。

具は昨夜の残りの塩サバ。

骨はビューラーで取ってある。細い毛…小骨までつまめるんだ、これ。

 


スープはコンソメで煮詰めただけ。

味見はしていない。

朝はだいたい、キューブの信頼で乗り切る。

 


それでも一応「ベントゥー」と呼ぶ勇気だけはある。

駅弁売りのおじさんみたいに言い切ると、それっぽくなるからだ。

 


行ってらっしゃいのチューインガムを膨らませながら見送る。

朝から目覚まし代わりにガムを噛む女を、ダナはまだ愛してくれてるのだろうか。

 


顔も生活もたるみ始めてるっていうのに。

レンズ越しでも、もう守りきれない。

 


鍵の音がして、ダナの背中がドアの向こうに消える。

ようやく部屋が、私だけのものになる。

 


お茶を入れて一息つく。

鳥を飼い、龍を拝み、熱いお茶をすする。

そんな余白が私にも訪れますようにと、願いを込めながら。

そう、これは…サントリーのウーロン茶。

 


思いついたことは、冷蔵庫のホワイトボードにメモすることにしている。

 


LINEの公式トークをゆっくりチェック。

クーポン、占い、セールのお知らせ。

みんな私に用がある。

少しだけ上機嫌で、うすら笑いを浮かべる。

 


通勤ラッシュが落ち着いたら、愛犬の散歩へ。

道の途中で、前が見えにくいことに気づく。

眼鏡を指で擦りすぎたせいだ。

 


世界がぼやけているのか、

私の頭がぼやけているのか、

空が曇っているのかも、指紋だらけで正直よくわからない。

 


危ないので、犬に連れて帰ってもらう。

 


昼。

晩ごはんの仕込みをしつつ、余りものでランチ。

 


冷凍パスタに、茹でたうどんでかさ増しする暴挙に出る。

器は小さめ。量が多く見えるトリックだ。

エキセントリック少量ボウル。これもメモしておこう。

 


午後は、何をしたかあまり覚えていない。

掃除をしたのかもしれないし、買い物に行ったのかもしれない。

 


レシートはある。

……違うよ、これ、のしいか太郎じゃん。

AIの音声モードで、他人みたいな声にツッコミを入れさせる。

 


コーヒーを淹れて、冷まして、また温めて。

 


おやつに、まさかのイカゲソ。

最近イカ率が高い。だって歯応えがあってコスパがいいから。

イカを愛するイカれた女は、

たまにマヨネーズと七味のアクセントを添える。

 


コーヒーには破滅的に合わないので、またぬるくなる。

 


イカでタンパク質を補給しつつ、軽く筋トレ。

M字開脚で上下する動きを、ペット見守りカメラに見せつける。

 


犬より心配なのは、やっぱり私の方だ。

 


夕方。

やることがないので、食べ残していたイカゲソを咥えたままお風呂に入る。

湿って蘇る、ゲソ。

 


贅沢なのか、とうとうイカれすぎたのか、判断がつかない。

喉が渇いてきた。

冷たいサントリーが、やけに恋しい。

 


そしてスキンケア。

鏡に映るのは、エラだけが異常に発達した、おたんこブス。

 


……また、乳液を眼鏡の上から塗っていた。

ここまできたら、何かの病気だろう。

向かいの病院、診てくれるだろうか。

 


朝、乾燥機に入れた服をまた着る。

脱いで、着て、また回す。

畳む前に着るのが、ささやかなポリシー。

 


体がワードローブ。

スペースパフォーマンスだって、最高な私。

 


ダナが帰宅する。

夕食は八宝菜。

レシートと一緒に紛れ込んでいた、のしいか太郎を丸めて入れてみる。

味は間違いない。だって、「クックドゥー」。

 


これは明日のおにぎりの具になるだろう。

 


YouTubeを開き、福袋開封動画を二人で見る。

買ったことは一度もない。…置くところなんてないから。

冒険しない女だって、安全圏からの刺激は欲しい。

 


画面の向こうの落胆が、

なぜかこちらの日常を少しだけ明るくする。

根暗な私の、密かな栄養源。

 


気が済んだら、ダナと歯を磨きながらひと勝負。

モンダミンを長く口に含んでいられたほうが勝ち。

 


鏡のおたんこブスが、フグみたいに膨れる。

 


ブクブク、フグフグ……。

エラブス、エラブス…。

アホらしくて、勝敗なんてどうでもよくなってくる。

 


窓の外で、大学病院の救急車のサイレンが鳴っている。

誰かが運ばれ、誰かが生まれ、私はこの小さなアパートで、

それが耳鳴りなのかそうじゃないのか、ぼんやり判断している。

 


もう寝る時間だ。

 


湯たんぽを抱きしめながら布団に入る。

ぬくぬく気持ちよくて、いい記憶も悪い記憶も、全部忘れそう。

メモする気力は…ない。

 


今日もなんとか一日が終わった。

と、また、うすら笑い。

 


明日こそ、病院へ行ってみようか。

あくびをしたら、伊達メガネがするりと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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虫は無視の域

 

 

※このブログには虫の表現があります。

苦手な方は、

両目をお玉で交互に隠しながら読んでください。

 

 

 

 

 

 

 

 


ねぇ聞いてくださる?

うちには、例の黒い虫がよく出るの。

そいつのこと、私は親しみを込めて

「カサ・カサーカス・テカ彦」と名付けている。

名前の由来はまさか、わかるでしょう?

 


……って!聞いてる?

ちょっと、こたつを弱にして寝てんじゃねぇ!

…えっ?起きてるの?

テレビ見てるの…?

 


その顔で…?

腹話術師に操られてる人形みたいなその顔で…?

 


ほんとに……?

 


せめて口閉じてもらいな。

奴が入ってくるからね!

 


テカ彦は神出鬼没で、いつも私たち夫婦をびびらせる。

そしてダナは奴が死ぬほど嫌い。

 


ちょっと前なんて、キッチンツールの引き出し開けたら出てきた。

お玉と一緒に……おったま現象!なんて言ってる余裕もない。

ほんと、びっくり箱かと思ったんだから。

 


私も苦手だけど、ダナのビビり具合は異常。

顔面蒼白。身体がガチガチに固まって動けなくなる。

 


自分は目の上に2匹もフサフサの毛虫飼ってるくせに。

ホクロを餌に育てて、どんどん成長してる勢いなのに…。

虫ダメとか意味わからん。

 


この前出たときなんて、

棒立ちで、口だけパクパクさせながら

「早く…やれ…!」って指示してきた。

いや、声は出せよ!聞こえねぇよ!

 


その顔もひどい。眉間に皺寄りすぎ。

毛虫つなげて、とうとう一匹に進化させてんじゃないよ!

 


仕方なく私が仕留めた。

お玉で目を隠しながら。

 

 

……お玉を握りしめたまま、一息ついたところで。

 


次の出現は深夜1時。

洗面所の隙間から羽音を鳴らしながら堂々の登場。

壁を登って飛び回る。

カサ、カサカサ……

 


「きぁあぁあぁ!!ばさ美ちぁぁぁん!!助けてぇ!!」

深夜に響き渡る、ダナの悲鳴。

 


うるせぇ。今度は聞こえすぎだよ!

近所迷惑甚だしいよ。

口にホウ酸団子詰め込んでやろうか!!

 


なんだよ、声出るのかよ。

この前は腹話術人形みたいに口だけパクパクしてたから、

声なんて出ないもんだと思ってたよ。

 


ってか、リアルで「キャー」とか言う人、実在したんだな。

推しに出会ったわけでもあるまいし。

 


「ばさ美…!ばさ美ぃ……!」

お前のその呼び方が、一番虫っぽいんだけど!?

バサバサバサバサ……お前がモスラかよ!!

 


……ん?いや、この場合……私か?

粉吹いてるし……優しいし…?

 


ばさ美、妖怪モスラの威厳を持って駆けつける。

勢い余ってタンスの角で触角を強打。

ジンジン……ジンジン……

蝉でも止まったのかと思った!

 


……もう、虫のくだりしつこいよ。

そういうとこが誤解されやすいんだぞ、モスラ。

 

 

テカ彦のパフォーマンスに疲れたダナは、

後日こっそり撃退グッズを揃えていた。

 

 

冷却スプレー、死骸を片付けるちりとり、そして窒

息死させるための食器用洗剤。

犬がいるから殺虫剤は使わない──という優しさだ

けは添えて。

でも、使うのは私なんだよ。

 

 

だいたい、「キュキュット」なんて買ってきて!

こっちはJOYサウンドで「愛しのチャーミー」練習

してたんだぞ?「マジカで恋する5秒前」もスタン

バイしてたのに。

 

 

せめて一声かけてから任命してくれよ。

私だって妖虫なんだぞ!

 


ほんと、いい歳した大人なんだから、自分でなんとかしてほしい。

いつまでも人に頼りっぱなしなんだから。

 


だいたい都合よく人に頼って……虫がいいんだよ、ほんと。

腹の虫がおさまらねぇよ。

お前の水虫に、苦虫噛み潰して塗りこんでやろうか!!

 


ペットのトリミングも自分でできないくせにさぁ……

まったく!世話が焼けるおっさんだ。

眉毛用のハサミってどれ買ってあげたらいい……

 


……って、あれ?パソコンの様子が……変……?

 

ねぇダナ、ちょっと見て?

……え?ウイルス入ってるって!?

 


きゃぁあぁぁ!!どうしよぉぉぉ!!

早くぅーー!!ダナァーーー!!!!

 


……あ、ちがっ。

なんか怖い夢見てた。

 


いや、起きてたけど寝てた。

寝ながら起きてたっていうか…。

 


ちゃんと……半分目は開けてたし!

しっかり、団子の話、聞こえてたし!

 


ちゃんと……

正確には……起き上がり小法師になってたし!!

 


え?なんか、うるさかった?

声……出てた?

 


それ、さ……

 

私じゃなくて、

多分いっこく堂の声だと思うから

……無視していいよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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鏡とVサイン

 

この年になると、

どんな服を着てみても似合ってない気がするよね。

 


あ、ごめんね。

値札のタグを前歯で噛み切ろうとしてるとこに話しかけて。

 


試着室で服を着てみても、

「これ似合ってる?どうなの?」って悩む。

 


思ったより顔はくすんでるし、

気づかないところにアザ、できてるよね。

 


つい鏡に話しかけたくなる。

 


「鏡よ鏡、鏡さん。

世界でいちばん醜いのは誰?」

 


ですよねー。私ですよねー。

 


……って、うるさいよ!

人を見た目で判断するお前の心が

いちばん醜いわ!

醜いからってアザになるほど殴らないでちょうだい。

 


今日も試着室に、服を2回に分けて持ち込んで、

なんとか「いけるかも?」と思えたのは一着。

 


アイボリーのVネックTシャツだけ。

 


いや、待ってよ。

店にある服の中でそれしか似合わないって、どういうこと?

 


そもそも本当に似合ってた?

人間に合わせるつもりある?

こんなに服あって、誰に向けて作ってんだよ!

 


首、つぼまりすぎで、

最近の丸首だけはマジで頭が通らない。

 


借りたベール、ズレちゃうじゃないの!

苦しすぎて、顔が毒リンゴかじった後みたいに

どす黒く染まってきてるんだけど。

 


……灰雪姫じゃん、私。

白雪どころか、もうすぐドブに流される薄黒い雪じゃんよ。

 


これじゃ王子様も蘇生を諦めるレベルだよ。

 


でもさ、

家にあるTシャツ、全部ボロボロで。

 


そろそろ雑巾行きだから、

新しいの買い漁ってるんだよね。

 


あ、よかったら、

口から溢れた歯茎の血、それで拭きます?

一枚300円でいいよ。

 


そういえば先週もTシャツ買ったんだっけ。

…半額だったから。

 


さっきまで毒リンゴで灰色にくすんでたくせに、

イエベってやつだから色にはこだわって──

Vネックのブラウン。

Vネックのベージュ。

Vネックのオフホワイト。

 


……って、全部Vネックじゃん!

Vネック依存症じゃん!

Vの世界に溺れてるじゃん!

 

 

首が楽だから…というより、

顎がV字にしゃくれてるから……?

気づいたら首元までお揃いにしてしまった。

潜在意識ってこわい。

 


だから、結局、

試着室で無駄な抵抗をしたあと、

私は今日も言うんだ。

 


「このVネックTシャツ、PayPayで」

 


……私の人生は、ペイできないよぅ。

 


でもさ、やっぱり試着って大事だよね。

 


クルーネック選んでたら、

首がしまって色気ゼロだったかもしれないし、

ボートネックなんか選んでたら、

おとぎの船に乗せられて

人魚姫まで転職させられてたかもしれないし。

 


ちゃんと試着して、

瞼かっぴらいて、

鏡に真正面から向き合わないと。

 


いいよ。

無理に口角上げたり、

もみあげをセロテープで斜めに引っ張ったり、

手の甲にセロテープ貼ってテカテカ加工したまま、

ダブルピースで若さアピールしなくて。

 


脛のアザも、

シワっしゃくれた顎も、

浮き出た血管も、

ぜんぶ鏡に見せつけてやるんだよ。

 


「青いそうめん、記念に貼り付けてるんだぜ」

って、若者に鑑賞料くらい取ってやろ。

 


……って、あれ?

 


最近、私、

お母さんに似てきた?

 


顔の形、そっくり。

 


小さい頃はお父さん似だったのに、

年をとると変わるもんなんだね。

 


お母さんはおばあちゃんに似てきたし、

私もそのうち、

お母さんからおばあちゃんみたいになるんだろうな。

 


おばあちゃん、

お花と7人の孫に囲まれて旅立っていった。

置き土産ひとつ残さずに──

財布の中身までキレイにしちゃって。

あの光景、童話みたいで忘れられない。

 


私もいつか、

森のすきまでひっそり寄生しながら、

ちゃっかりと、

でも図太く愛されるおばあちゃんになりたい。

 


なる。なるぞ。

……灰ホー。

 


……。

 


そんな、森のすきまに住み着いた

ばさ美おばあちゃんから

みんなにお願いがあります。

 


大至急PayPayの残高、

分けてくれるかい?

 


Tシャツ、定価だったんじゃよ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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スキップ鬼退治

 

むかしむかし、ついむかし。

あるところに、いつも隙間から覗いてる女がおりました。

名を、隙間ばさ美と申しました。

 


ばさ美さんは、ひどく小心者でした。

そしていつも髪がバサバサで、だいたい埃を被っておりました。

 


 


ある日、小汚いばさ美さんは、

特に何もする気がなかったので、犬を連れて散歩に出かけました。

 


公園へ向かう、あの、いつもの道のことでした。

そう、なんの面白みのない田んぼ道です。

 


ばさ美さんは、犬のプリプリした桃尻を眺めながら歩いていました。

 


「今日も平和だな」

「この尻、モンドセレクションに出せないかな」

 


などと考えておりました。

 


 


すると──。

横のあぜ道から、ぬっと人が生えてきました。

 


しかもその人、上下に揺れております。

 


そう。

スキップおじさんです。

 


このおじさん、なぜか毎回スキップで登場します。

定期巡回スキッパーおやじです。

 


ばさ美さんの前で、歩くという選択肢は、まずありません。

 


 


しかし、なぜか笑顔はありません。

口は開けっぱなしなのに、やたら貫禄があり、

小心者のばさ美さんには

「こんに…ち…ゎ」と言える空気ではありませんでした。

 


いつも会うのに、どういうわけか慣れません。

 


ポーカーフェイス・すきっ歯おやじ。

 


そんな顔をしていると、

とても嬉しいことがあったようには見えません。

 


──こんな歩き方、流行ってるのでしょうか?

 


 


そういえば……思い出しました。

そのむかし、後ろ向きで歩くと健康にいい、という流行りがありました。

 


その頃の田んぼ道には、

後ろ向きで歩くおじさんおばさんが溢れ、

 


夕方になると顔がはっきり見えず、

身体だけがこちらへ向かってくるので、

 


まるで貞子が農道を徘徊しているようで、

それはそれは、こわかったものです。

 


そうでしたよね?

……そうだったんです。田舎では。

 


オラの田舎では、

そうだったの!!

 


 


さて、このスキッパおやじ。

なぜか必ず、ばさ美さんと犬に歩く速さを合わせてきます。

 


気がつくと、もう近くに──いるのです。

しかも、少し前。

 


近すぎず、遠すぎず。

ちょうど気まずい、おそろしい距離です。

 


 


犬が用を足し、ばさ美さんが片付けている間、

「どうか、そのまま井戸水汲みに帰ってください」

と心で祈っても、おやじは、

 


川の鳥を眺めたり、

歯の隙間からリポビタンDを飲んだり、

鬼風に向かってストレッチしたり、

 


しています。

 


鬼風とは、

骨にしみる、あの嫌な冬の風のことです。

 


鬼風って、言うのです……。

そう、田舎では。

 


オラの田舎では、

So you know!!

 


 


おやじは止まります。

一瞬、普通に歩きながら。

こちらのペースに合わせて。何度でも。

 


そしてまたスキップを始めます。

 


「どうか立ち止まらないでくださ〜い!」

「カルガモのおさんぽは、歩きながらご観賞くださ〜い!」

 


ばさ美さんは、心の中で叫びました。

 


 


そして、自分の腰についた袋を見て、ばさ美さんは気づきました。

 


「……きび団子だと思ってる?」

 


違います。

それは犬の、つまりアレです。

用途も役目も、すでに終わっています。

 


──でも、もしかして。

 


犬を連れているから?

このダウンベストが着物の羽織に見えたから?

 


まさか、ばさ美さんを桃太郎だと思っているのでしょうか。

 


いやいや。年齢も性別も違いますし、

そもそもこの犬は喋れません。

 


 


おやじは何者なのでしょう。

 


キジのつもりなのでしょうか。

跳ね方はどう考えても猿ですが。

 


鳥を見ていたのは、憧れだったのでしょうか。

鬼退治アピールで、栄養ドリンク片手に風と戦っていたのでしょうか。

 


──そんなわけ…ある?

 


もう帰りたい……。

きび団子だけ渡して、

「とんずらこ、とんずらこ」と走り去ってしまいたい……。

 


そう思ったと同時に、ばさ美さんは一言呟きました。

 


……うまいこと言った。

 


しかし、なぜスキップ?

謎は解けません。

 


 


「ばさ美のファンなのかな?」

 


いや、それはないと、ばさ美さんは2コンマ0秒で気づきました。

 


こんな、うすら小汚い、

名前がばさ美とかいうふざけた女に、

ファンがいるわけありません。

 


 


「もうすぐマラソン大会だったかな」

「ゴールテープの切り方の練習なのかもしれない」

 


ばさ美さんは、それらしい理由をこじつけて、

無理やり自分を納得させました。

 


 


そう。

おやじは、その瞬間のために、ずっと練習していたのです。

 


山姥のようなばさ美さんの前でなら、素を出せるのでしょう。

もしかすると桃太郎ではなく、団子をこねて粉だらけのおばあさんだと思っていたのかもしれません。

 


走ることはできる。足も速い。

でも、テープの切り方だけが決まらなかった。

 


あの感動。あの高揚感。

スキップが報われる、ただ一瞬。

 


すきっ歯をチラリと見せて、

ゴールテープを切る、その瞬間。

 


その時のために……。

 


すごい。すごい努力です。

スキッパおやじ。努力の方向が、少し真上なだけなのです。

 


 


ばさ美さんの犬も、散歩中に他の犬に会うと尻尾を振ります。

誰とでも仲良くできるわけではないのに、

「ほら、お友達が来たよ」と言われ、飼い主の都合で付き合わされています。

 


きび団子も、1人じゃ怖くて岡山に行けないから、

Amazonで買うのです。人気順に並べたつもりになって、レビューを確認してから。

鬼の居ぬ間に、時間指定して……。

 


ばさ美さんだって、おやつを手に入れるために、

ひっそりと努力してるのです。

 


人も犬も、みな、影で努力しているのです。

 


そう。埃まみれの小心者にも、

誇りに思っていいことがあるのてふ……。

 


ばさ美さんは、レビューが悪い団子を頬張っていたので、

今度はうまいこと言えませんでした。

 


 


そうして、ばさ美さんは、

掲げる星が違えば、努力が辿る光の筋もまた、それぞれなんだなぁ──

などと言いかけましたが、

それは自分のキャラでは、言わザルだ……と思い、

団子と一緒に飲み込みました。

 


 


鬼退治は、また今度。

今日はもう休むことにしましょう。

 


ばさ美さんは、犬の丸い尻をそっと撫でて、

今日の出来事をなんとかひとつに丸め込んでおきました。

 


犬は背中を向けて、小さく寝息を立てています。

外では、町内会のスピーカーから夕焼け小焼けが流れています。

 


あー。

なんてめんこい尻だと、

 


オラは……

 


……言いたし、言いたし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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