この年になると、
どんな服を着てみても似合ってない気がするよね。
あ、ごめんね。
値札のタグを前歯で噛み切ろうとしてるとこに話しかけて。
試着室で服を着てみても、
「これ似合ってる?どうなの?」って悩む。
思ったより顔はくすんでるし、
気づかないところにアザ、できてるよね。
つい鏡に話しかけたくなる。
「鏡よ鏡、鏡さん。
世界でいちばん醜いのは誰?」
ですよねー。私ですよねー。
……って、うるさいよ!
人を見た目で判断するお前の心が
いちばん醜いわ!
醜いからってアザになるほど殴らないでちょうだい。
今日も試着室に、服を2回に分けて持ち込んで、
なんとか「いけるかも?」と思えたのは一着。
アイボリーのVネックTシャツだけ。
いや、待ってよ。
店にある服の中でそれしか似合わないって、どういうこと?
そもそも本当に似合ってた?
人間に合わせるつもりある?
こんなに服あって、誰に向けて作ってんだよ!
首、つぼまりすぎで、
最近の丸首だけはマジで頭が通らない。
借りたベール、ズレちゃうじゃないの!
苦しすぎて、顔が毒リンゴかじった後みたいに
どす黒く染まってきてるんだけど。
……灰雪姫じゃん、私。
白雪どころか、もうすぐドブに流される薄黒い雪じゃんよ。
これじゃ王子様も蘇生を諦めるレベルだよ。
でもさ、
家にあるTシャツ、全部ボロボロで。
そろそろ雑巾行きだから、
新しいの買い漁ってるんだよね。
あ、よかったら、
口から溢れた歯茎の血、それで拭きます?
一枚300円でいいよ。
そういえば先週もTシャツ買ったんだっけ。
…半額だったから。
さっきまで毒リンゴで灰色にくすんでたくせに、
イエベってやつだから色にはこだわって──
Vネックのブラウン。
Vネックのベージュ。
Vネックのオフホワイト。
……って、全部Vネックじゃん!
Vネック依存症じゃん!
Vの世界に溺れてるじゃん!
首が楽だから…というより、
顎がV字にしゃくれてるから……?
気づいたら首元までお揃いにしてしまった。
潜在意識ってこわい。
だから、結局、
試着室で無駄な抵抗をしたあと、
私は今日も言うんだ。
「このVネックTシャツ、PayPayで」
……私の人生は、ペイできないよぅ。
でもさ、やっぱり試着って大事だよね。
クルーネック選んでたら、
首がしまって色気ゼロだったかもしれないし、
ボートネックなんか選んでたら、
おとぎの船に乗せられて
人魚姫まで転職させられてたかもしれないし。
ちゃんと試着して、
瞼かっぴらいて、
鏡に真正面から向き合わないと。
いいよ。
無理に口角上げたり、
もみあげをセロテープで斜めに引っ張ったり、
手の甲にセロテープ貼ってテカテカ加工したまま、
ダブルピースで若さアピールしなくて。
脛のアザも、
シワっしゃくれた顎も、
浮き出た血管も、
ぜんぶ鏡に見せつけてやるんだよ。
「青いそうめん、記念に貼り付けてるんだぜ」
って、若者に鑑賞料くらい取ってやろ。
……って、あれ?
最近、私、
お母さんに似てきた?
顔の形、そっくり。
小さい頃はお父さん似だったのに、
年をとると変わるもんなんだね。
お母さんはおばあちゃんに似てきたし、
私もそのうち、
お母さんからおばあちゃんみたいになるんだろうな。
おばあちゃん、
お花と7人の孫に囲まれて旅立っていった。
置き土産ひとつ残さずに──
財布の中身までキレイにしちゃって。
あの光景、童話みたいで忘れられない。
私もいつか、
森のすきまでひっそり寄生しながら、
ちゃっかりと、
でも図太く愛されるおばあちゃんになりたい。
なる。なるぞ。
……灰ホー。
……。
そんな、森のすきまに住み着いた
ばさ美おばあちゃんから
みんなにお願いがあります。
大至急PayPayの残高、
分けてくれるかい?
Tシャツ、定価だったんじゃよ……。
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……音は出ないけど。
