隙間に挟まる話

右耳を信用するな、左が心臓だ。あなたの隙間に、そっと挟まります。

スキップ鬼退治

 

むかしむかし、ついむかし。

あるところに、いつも隙間から覗いてる女がおりました。

名を、隙間ばさ美と申しました。

 


ばさ美さんは、ひどく小心者でした。

そしていつも髪がバサバサで、だいたい埃を被っておりました。

 


 


ある日、小汚いばさ美さんは、

特に何もする気がなかったので、犬を連れて散歩に出かけました。

 


公園へ向かう、あの、いつもの道のことでした。

そう、なんの面白みのない田んぼ道です。

 


ばさ美さんは、犬のプリプリした桃尻を眺めながら歩いていました。

 


「今日も平和だな」

「この尻、モンドセレクションに出せないかな」

 


などと考えておりました。

 


 


すると──。

横のあぜ道から、ぬっと人が生えてきました。

 


しかもその人、上下に揺れております。

 


そう。

スキップおじさんです。

 


このおじさん、なぜか毎回スキップで登場します。

定期巡回スキッパーおやじです。

 


ばさ美さんの前で、歩くという選択肢は、まずありません。

 


 


しかし、なぜか笑顔はありません。

口は開けっぱなしなのに、やたら貫禄があり、

小心者のばさ美さんには

「こんに…ち…ゎ」と言える空気ではありませんでした。

 


いつも会うのに、どういうわけか慣れません。

 


ポーカーフェイス・すきっ歯おやじ。

 


そんな顔をしていると、

とても嬉しいことがあったようには見えません。

 


──こんな歩き方、流行ってるのでしょうか?

 


 


そういえば……思い出しました。

そのむかし、後ろ向きで歩くと健康にいい、という流行りがありました。

 


その頃の田んぼ道には、

後ろ向きで歩くおじさんおばさんが溢れ、

 


夕方になると顔がはっきり見えず、

身体だけがこちらへ向かってくるので、

 


まるで貞子が農道を徘徊しているようで、

それはそれは、こわかったものです。

 


そうでしたよね?

……そうだったんです。田舎では。

 


オラの田舎では、

そうだったの!!

 


 


さて、このスキッパおやじ。

なぜか必ず、ばさ美さんと犬に歩く速さを合わせてきます。

 


気がつくと、もう近くに──いるのです。

しかも、少し前。

 


近すぎず、遠すぎず。

ちょうど気まずい、おそろしい距離です。

 


 


犬が用を足し、ばさ美さんが片付けている間、

「どうか、そのまま井戸水汲みに帰ってください」

と心で祈っても、おやじは、

 


川の鳥を眺めたり、

歯の隙間からリポビタンDを飲んだり、

鬼風に向かってストレッチしたり、

 


しています。

 


鬼風とは、

骨にしみる、あの嫌な冬の風のことです。

 


鬼風って、言うのです……。

そう、田舎では。

 


オラの田舎では、

So you know!!

 


 


おやじは止まります。

一瞬、普通に歩きながら。

こちらのペースに合わせて。何度でも。

 


そしてまたスキップを始めます。

 


「どうか立ち止まらないでくださ〜い!」

「カルガモのおさんぽは、歩きながらご観賞くださ〜い!」

 


ばさ美さんは、心の中で叫びました。

 


 


そして、自分の腰についた袋を見て、ばさ美さんは気づきました。

 


「……きび団子だと思ってる?」

 


違います。

それは犬の、つまりアレです。

用途も役目も、すでに終わっています。

 


──でも、もしかして。

 


犬を連れているから?

このダウンベストが着物の羽織に見えたから?

 


まさか、ばさ美さんを桃太郎だと思っているのでしょうか。

 


いやいや。年齢も性別も違いますし、

そもそもこの犬は喋れません。

 


 


おやじは何者なのでしょう。

 


キジのつもりなのでしょうか。

跳ね方はどう考えても猿ですが。

 


鳥を見ていたのは、憧れだったのでしょうか。

鬼退治アピールで、栄養ドリンク片手に風と戦っていたのでしょうか。

 


──そんなわけ…ある?

 


もう帰りたい……。

きび団子だけ渡して、

「とんずらこ、とんずらこ」と走り去ってしまいたい……。

 


そう思ったと同時に、ばさ美さんは一言呟きました。

 


……うまいこと言った。

 


しかし、なぜスキップ?

謎は解けません。

 


 


「ばさ美のファンなのかな?」

 


いや、それはないと、ばさ美さんは2コンマ0秒で気づきました。

 


こんな、うすら小汚い、

名前がばさ美とかいうふざけた女に、

ファンがいるわけありません。

 


 


「もうすぐマラソン大会だったかな」

「ゴールテープの切り方の練習なのかもしれない」

 


ばさ美さんは、それらしい理由をこじつけて、

無理やり自分を納得させました。

 


 


そう。

おやじは、その瞬間のために、ずっと練習していたのです。

 


山姥のようなばさ美さんの前でなら、素を出せるのでしょう。

もしかすると桃太郎ではなく、団子をこねて粉だらけのおばあさんだと思っていたのかもしれません。

 


走ることはできる。足も速い。

でも、テープの切り方だけが決まらなかった。

 


あの感動。あの高揚感。

スキップが報われる、ただ一瞬。

 


すきっ歯をチラリと見せて、

ゴールテープを切る、その瞬間。

 


その時のために……。

 


すごい。すごい努力です。

スキッパおやじ。努力の方向が、少し真上なだけなのです。

 


 


ばさ美さんの犬も、散歩中に他の犬に会うと尻尾を振ります。

誰とでも仲良くできるわけではないのに、

「ほら、お友達が来たよ」と言われ、飼い主の都合で付き合わされています。

 


きび団子も、1人じゃ怖くて岡山に行けないから、

Amazonで買うのです。人気順に並べたつもりになって、レビューを確認してから。

鬼の居ぬ間に、時間指定して……。

 


ばさ美さんだって、おやつを手に入れるために、

ひっそりと努力してるのです。

 


人も犬も、みな、影で努力しているのです。

 


そう。埃まみれの小心者にも、

誇りに思っていいことがあるのてふ……。

 


ばさ美さんは、レビューが悪い団子を頬張っていたので、

今度はうまいこと言えませんでした。

 


 


そうして、ばさ美さんは、

掲げる星が違えば、努力が辿る光の筋もまた、それぞれなんだなぁ──

などと言いかけましたが、

それは自分のキャラでは、言わザルだ……と思い、

団子と一緒に飲み込みました。

 


 


鬼退治は、また今度。

今日はもう休むことにしましょう。

 


ばさ美さんは、犬の丸い尻をそっと撫でて、

今日の出来事をなんとかひとつに丸め込んでおきました。

 


犬は背中を向けて、小さく寝息を立てています。

外では、町内会のスピーカーから夕焼け小焼けが流れています。

 


あー。

なんてめんこい尻だと、

 


オラは……

 


……言いたし、言いたし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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