隙間に挟まる話

右耳を信用するな、左が心臓だ。あなたの隙間に、そっと挟まります。

空白の銀河鉄道

 

 

• 納豆

• 椎茸

• ラー油

• チョコパイ

• シャー芯(2B)

• イラストロジック

 


……あ、ごめん。

メモ帳と間違えた。

 


だって、そういう感じなんだもん。

書いちゃうでしょうが。西友で買うものくらい。

 


 


そんな生活感丸出しの私は、珍しく電車に乗った。

 


このへんの電車は20分に一本。

乗り遅れたら、もう待つ気がしない。

 


私の体力は、次の惑星……じゃなかった、

次の電車を待てるほど残っちゃいない。

 


なんとか飛び乗った車内は、パラパラと人が座っている。

 


時間は19時。日曜日の夜。

でもなんだか、猛烈な違和感。

 


私以外、みんな若い。

 


なに、これ。

 


こんなことある?

修学旅行の専用車両に、ウザいOBが張り切って乗り込んじゃった?

 


大丈夫。

「アタイの若い頃はヨッ!」なんて気さくに声かけて説教するつもりはないから。

 


君たちに語れる話なんて、星のカケラもないんだよ。

 


光ってる。

星空も、若い子たちも、無駄に目立ってる。

 


……ずるい。

 


まだまだ外は寒いのに、足首を潔く出してる男の子。

 


そしてその隣には、

迷いなく「おへそ」を剥き出しにしている女の子。

 


小さくて、でも深い深いブラックホール……。

せっかくだから、その穴に花粉でも吸い込んでもらおうか。

 


現代人、素肌の感覚どうなってるの?

 


こっちは厚手のホットコットと腹巻きで、

藁に包まれた納豆みたいに、ぬくぬく守ってもらってるのに。

 


ホントに同じ星の生き物かよ。

 


……風邪、ひかないようにしなさいよ。

 


 


ただの若者。

ただの帰り道。

 


……のはずだけど。

 


私だけ妙に浮いてる。

 


妙に静かで、

変に落ち着いていて、

それでいて、何を考えてるかわからない、

 


……美人。

 


私、……メーテル?

 


もしかして、

この子達を引き連れて、列車に乗ってるメーテルなんじゃない?

 


いつまでも目的地に着かないから、だいぶ老けて、太って、

ブリーチして明るくなった髪も伸ばしっぱなしで……。

 


この子たちは乗客で、

私は、ただ横にいるだけの……美人。

 


みんなスマホを舐めるように見ている。

むしろリアルに舐めてるんじゃないかってくらいの距離。

 


あっちの子なんて、スマホの画面を鏡にして、

歯に挟まった「えのき」を舌で必死に舐めとってる。

 


銀河鉄道の旅路で、えのきと口の中で格闘するヒロイン。

……見たくない。4K画質で見たくない。

 


隣の男の子なんて、耳から「白しめじ」みたいなイヤホンぶら下げてるし。

 


火星みたいな赤い髪で、前髪が目にかかってて、

……鉄郎?星野鉄郎なの?

 


どこに行ってたのよ。きのこの惑星?

干からびた特大なめこみたいな宇宙人と交信してるの?……ET?

 


かくいう私も、

「君らには……まいったけ」と呟きながらスマホを見ているけど。

 


若さっていう、期限付きのプレミアムパス。

なのに無料で配られている。

 


そう、この子たちには、これからがある。

希望がある。

 


……私のは、たぶん期限切れ。

 


ふと気づくと、向かいの席のカップルが、

イチャイチャしながら、でもチラチラとこっちを見てくる。

 


……見せ物じゃないのよ。

 


あなたたちだけの世界に入って、

あなたたちの天の川を走ってんじゃないのよ。

 


いつまでも見つめ合っちゃって、織姫と彦星かよ。

年に一度しか会えないんだったら、この際星乃珈琲店で濃く深くブレンドしてもらってよ。

 


こっちは腹巻きと脂肪の厚み分、壁に圧をかけて

一生懸命に一人分の座席を確保してんのよ。

 


 


ガタン、ゴトン。

 


どこからともなく、車掌のアナウンスが聞こえた気がした。

 


「次は──青春。青春に停まります。ドアは若者側に開きます。」

 


ヘソで花粉を吸い取る女の子がいたと思いきや、

えのきを絡め取ってる女の子。

七夕気取りのカップル。

……ETと交信してる男の子。

 


そして、黒のホットコットを、襟から見せつけて、

メーテル気取りの私。

 


私以外は、未来行きの各駅停車。

これから停車するたびに、楽しいイベントが待っているんだろう。

 


私は、待ち合わせ駅すら通過する、終点までの直行列車。

 


いくつからでもやり直せる?

 


そんな気力、残ってるわけないでしょ。

 


いい?やり直せるからって挑戦する人は、

「さぁ行くんだ、その顔を上げて」って歌う前から、とっくにチョコザップに入会してるんだよ。

 


結局、今までやらなかった人は、ずっとそのまま。

それが現実、皮下脂肪なんだよ。

 


綺麗事、並べてるんじゃないよ。

血液型、A型なの?

 


ノートを最初から最後まで、

一文字の乱れもなく綺麗に書き通す、

A型の執念なの?

 


……ええ、それは立派だと思うわ。

 


……でもね。

 


人生っていうのは、

 


最初の数ページだけ気合を入れて、

途中から文字はラー油をかけられたミミズみたいにのたうち回って、

 


最後のほうは、

買い物のメモと、目標体重を書き込むだけの余白になるの。

 


そういうものなのよ。

 


……なのに、チョコパイ、なんて書いてしまうのね。

 


愚かだわ、私。

 

 

……。

 


……急に、虚しくなってきた。

 


……口調だけが、変わってきてる。

 

 

 

 


みんなそれぞれ、違う星を目指してる。

でも、最後は同じアンドロメダに辿り着く。

 


……でもまだ、誰も気づいてない。

 


窓に反射する車内の光景が、集合写真に見えてくる。

 


眩しい若者たちの真ん中に、

一人だけ、妙に浮いた顔の女が、紛れ込んでる。

 


……なぜか、案内役みたいに写ってて、

ちょっとぽっちゃりしてるけど、

でも、……美人。

 


きっとこれを見た若者たちは、

消しゴムマジックで、私を指一本で消し去るんだろうな。

 


そうやって時代から、消されていくんだろうな。

 


消された後に残るのは、

 


「なんか極暖ヒートテック見えてる、

勘違いお姉さんいたよね」

 


っていう雑な記憶だけだ。

 


機械の体だったら、こんなこと考えなくて済むのかな。

 


私はこれからの人生、

何を目標に、何を楽しみに生きたらいいんだろう。

 


後ろを振り返っても、

そこにあるのは「廃線」になった線路だけ。

 


 


私はカバンから、一冊の本を取り出した。

 


2Bのシャーペンの芯をカチカチと出し、

少し太い線を引く。

 


人生の終着駅に向かう直行列車の中で、

私が必死に埋める、マス目。

 


線はすでに引かれている。

決まった枠の中で、埋めていくだけ。

 


銀河鉄道999。

「9」が続く。

 


暗闇の「9」。

急行の「9」。

……くびれの「9」。

 


一つ、また一つ、星が埋まっていく。

 


どこまでも続く線路。

歪な曲線を描きながら、いつまでも終わってくれない旅。

 


「次は──新天地。新天地に停まります。夢をお持ちのお客様は、こちらでお降りください。」

 


若者が数人降りる気配がした。

 


……いってらっしゃい。

 


その星は、きっと悪くないよ。

 


……席が、少し余った。

 


未来とか、希望とか、そんな大層なものじゃない。

 


ただ、寂しく空いているところを、

数字を確認しながら埋めていくだけ。

少しだけ、印をつけながら。

 


もう一度、カップルの視線を感じる。

 


しつこいよ。

……見てるんじゃないのよ。

 


こっちだって負けじと、

ジロジロ……ばぁ。

 


……

 


ガタン、ゴトン。

 


私には、ガタイ、5トンに聞こえる。

 


ポーチからエリン、ギ……

耳栓を取り出して、ぐいっと耳の中に突っ込んだ。

 


電車が揺れるたびに、芯の先が滑って、

少しだけ間違える。

 


でも、手は止められない。

 


全部埋めたら、何かが浮かび上がる気がした。

 


人生の意味とか、答えとか、

 


香り松茸、味しめじ、

キクラゲ海藻、海苔コーナー?

 


……みたいな、そういうものが。

 


最後のマスを、グッと埋めつくす。

 


ホットコットがじわっと熱くなって、

私の何かが

“はっこう”した気がした。

 


私は少し腕を伸ばして、ページを眺めた。

 


なんだか、やたらと数字が大きく、不恰好に見える。

 


そうだ。

 


……これ、ナンプレだった。

 


ガタン、ゴトン。

 


「まもなく終点──西友。どなた様もお買い忘れのないよう、お確かめください。」