隙間に挟まる話

右耳を信用するな、左が心臓だ。あなたの隙間に、そっと挟まります。

もうシミ以外愛せない

 

 

ダナが褒めてくれなくなった。

そう、アラフォーに差し掛かったあたりからだ。

 


昔はあんなに溺愛してくれてた。

 


「可愛いね」

「その服似合うじゃん」

「幸薄そうな顔が守ってあげたくなる」

 


……おい。

薄いのは顔だけじゃねぇんだぞ。

 


でも今は何も言わない。

 


たまに「妻しか勝たん」って寝言で口ずさむくらい。

しかもそれ、刺身のツマかもしれん。

 


服を変えても反応なし。

髪を切ってもノーコメント。

 


なのに愛犬にはこうだ。

 


「きゃわわわ♡なんて可愛いお顔でちゅか〜〜?」

「お洋服買ってもらったの?まぁ〜きゃわい〜♡」

 


ひどくない?

 


鼻の高さ0.5ミリの女だよ?

ガニ股で毛深いのに、後ろ足だけブラックネイルしてるあざとい女だよ?

 


そりゃ私はシワもたるみも出てきた。

シミだって……。

 


って、誰が「シミマスタードフェイス」だよ!

夫の心の声を勝手に代弁するんじゃないよ!

 


 


そんなダナは「古着」が好きだ。

経年変化の虜だ。

 


綿のTシャツ。

デニム。

革のブーツ。

 


お小遣いでコツコツ揃えている。

 


YouTubeは古着と革と、

イケオジファッションばっかり出てくる。

 


そしてしつこくこう聞いてくる。

 


「この生地どう?厚みいいでしょ?」

「この色落ちどう?味出てきた?」

「この縫製どう?ちゃんとよく見て!」

 


……ずっと布の話。

 


外出中にも。

 


「ねぇこのTシャツどう?風合いよくない?」

「このデニムどう?シワ深くなってきた?」

「このブーツどう?ツヤ出てきた?」

 


信号待ちでも。

 


「この生地の素晴らしさ、説明してみて!」

 


……うるせーーーーーーーーーーーよ!!!

 


うるさいし、知らねーよ!!

 


どうかしてるのはお前だよ!何度も挑んできやがって!

布に過敏に反応する闘牛かお前は!

赤信号で突進してきてんじゃねえ!

 


どうどうどうどう、牛を落ち着かせたいのはこっちだよ!

布の愛が本物ならもっと堂々としろよ!

 


「布だぜ?」

「ただの布だぜ?」

「僕の背中には布がある」

 


って、堂本光一も教えてくれてるじゃないの!

 


 


あまりにも私の反応が薄かったのか、

ダナが突然こう言った。

 


「なんか、財布でも買ってあげようか?

…ずっと使えるやつ。見立ててあげるよ。」

 


え……?

 


私がそんなに物を大切にする女だと思ってるの?

 


愛犬の毛並みは手の油でコーティングしてる程度。

車は磨かず、日焼け止めの手垢がついたまま10年乗り続けてる。

読者の頭なんて撫でたこともないし、優しく扱った記憶もない。

 


そんな女が、

高級な革の財布を大事にすると思ったの?

 


何もわかってない。

私のこと何一つわかってない。

だいたい、わかる気もないでしょ。

 


私なんか、もういつ消えてもいいのかもしれない……。

薄い胸に手を当てて考える。

 


どうせ私なんか、“経年劣化”女だよ。

心の布地にぽっかり穴あいてるよ。

 


……

 


……いや、

違う?

 


貴方が愛してやまない“経年変化”ってのはさ、

 


新品にはない、

使い込んだ者にしか出せない深みと、唯一無二の証。

 


そのことなんでしょ。

 


見てみてよ、このシワ、このシミ、このたるみ。

 


これこそが、

 


貴方と暮らし、

貴方の無関心という名の荒波にもまれ、

この世で唯一の「妻というヴィンテージ品」に熟成された証なんだよ!

 


そう、私は劣化じゃない。

進化の最終形態。

 


伝説級の味わい深さを手に入れ、

顔面エイジングを究極にマスターした、

 


「シミマスタードワイフ」なんだよ!!

 


牛のキズとシワに興味あるなら、

妻のシミとシワにも興味持て。

 


経年変化が好きなら、妻の老化も愛してみろ。

 


中古品を愛せる貴方には、

それができるはずよ!

 


わかった!?

 


 


……。

 


なんちゃって、…な。

 


全部、妄想。

全部、期待しただけだシーチング!

 


コットンの胸で眠る夢なんて、もう見ないんだから!

 


そうだよね……混合麻子。

そうでしょ……帆布生地11号。

 


どうでもいい!どうでもいいよ!

 


私はもう、

ちゃんと扱われる前提で生きてないんだから!

 


寂しいところにキルト芯当てて守っていくんだから!

 


みんなこんな話、

かかとの皮いじりつつ読んでるし、

読んだとしても、ベロア出しながら走り去っていくし。

 


もう、いいよ。

パイルでもかじってるから。

 


だけど、

せめて……。

 


もし、読むなら、

その、あったかそうな毛皮を、

画面にファーっとかけて……

 


一瞬だけ、

マスタードごと、

全部抱きしめておくれ。