人に親切にするって、いいよね。
ありがとうって言われると嬉しいし……。
ありがとうが聞きたくて、親切を無理やり押し付けること、ない……?
ないなんて言わせないよ!
人間だもの。
みんな、だもの人間……だもの。
……。
はっきり申し上げる。
私はある!!
私は今日も、誰かの役に立とうと目を光らせて出かける。
両目にサーチライトを埋め込んで準備完了だ!
街を守るヒーローがマントを翻すみたいに、
私はマイバッグを翻して歩いている。光線はハイビーム。眩しくたって構わない。
讃えて!私を讃えてぇ!!
承認欲求、ここにありまーす!!
……ちっと、テンションまちがえちった。
──やっと、この前。
スーパー帰りに、“出番”が来た。
晩ご飯に焼きそばを作ろうと、
庶民の味方のもやし、それに丸ごとのキャベツ。
特売の人参5本をぎゅうぎゅうに詰め込んで歩いていたら、
前方にひとりの老人。
最初は普通のおじいちゃんかと思ったんだけど……
目がギョロッとしてる。髪は真っ白。
頬も少しこけて、顎がやけに尖ってる。
……なんかもう、人生、削りながら賭けてきた顔してる。
でも、まぁいい。
そこはどうでもいい……だもの。
人のこと言える顔でもない……だもの。
おじいちゃんはレジ袋を片方の取手だけ自転車にぶら下げている。
高そうなお惣菜が、チラリと見えて──
ポロッ。
落ちてきたのは、みかん一個。
中粒みかん。
おみかんころりん。すっころりん。
平らなアスファルトに転がりたがる、正真正銘ドMみかん。
気づかず走り出す自転車。
来た。
私の見せ場キタアァァーー!!
マイバッグを抱えて、私はみかんを拾いに行く。
距離は、すぐそこ。
追いつけるはずだ。
追いつけると信じようじゃない。
おじいちゃんは、けんけん乗りで前へ前へ。
遅いようで、地味に速いという嫌がらせのスピード。
一方の私は足が遅い。
運動神経が悪いどころか、身長をすべて胴体に全振りした「短足」という呪われし骨格。
歩幅が、おじいちゃんのけんけん1回分にすら届かない。
ぴょこぴょこ、ぴょこぴょこ……もはや地を這う勢い。
こういうときだけ目立つなDNA!
「すみませ〜ん……待ってぇ……」
蚊の鳴くような声が風に吸い込まれていく。
一瞬だけ医療系の仕事を夢見たけど、
「患者さんに声が届かない」という理由で
秒で諦めた過去が蘇る。
声も小さい。足も短い。膝小僧もなんだか黒い。
私は、半日正座したカピバラかよ!
ざわ…ざわ……
周囲は私を見ている。
誰も何も言わない。助けない。
北風だけが「ブハッ」と吹きかけて笑ってる。
「空気もみかんも……キンキンに冷えてやがるっ…!」
私の黒い膝小僧、今日も口が軽い。
それでも進むおじいちゃん。
……いや、そろそろサドルに跨れば?
追いつきそうで追いつかない、低速デスゲーム。
視線を浴びて火照る顔。
喉が、まったく役に立たない。
「待っt……
ーーー!!///」
突然、当て馬に唇を奪われたヒロインみたいな悲鳴をあげた瞬間、
自転車が赤信号で停止。
やった……
勝機……!圧倒的勝機ッッ……!!
息も絶え絶えに声を絞る。
「落としましたょ……」
おじいちゃんが振り返る。
目をさらに見開いて、警戒した顔。
そんな巨大化したネズミにびびった顔すんな。
こっちが驚くわ。
命削ってサーチライト焚いてんのに。
「◯✖️△◻︎!?」
え?何?
北風のせいか、そのダミ声のせいか、
言語が丸ごと風に飛ばされて行った。
ありがとうの一言……ではなかった。
そして無表情に、みかんだけ受け取ると、
おじいちゃんは、けんけんしながらゆっくり走り去って行った。
私は、空振りの親切を、マイバッグと一緒に肩にしょって突っ立っている。
北風が真横から吹き付けてくる。
薄いプライドが、どこかに飛んでいきそうになる。
泣いてなんかいないよ。
脇に挟んでたニラの穂先が、物理的に目に刺さって沁みただけだよ。
ニラは……焼きそばに入れるか迷っているよ。
なんだよ……
ただの恥晒しじゃん。
……こっちが勝手にやったことだけどさ。
だけど、お礼言わないってなんなのさ。
お高いみかんご褒美にくれって言ってるわけじゃないのに。
重い荷物しょって、短い足でぴょこぴょこ追いかけたのに。
もう……
なによ!
晩御飯、脂ギトギト大トロ巻きのくせに!
サドルに座るタイミングを見失った、孤高のワンフット走法ライダーのくせに!
年取ったカイジとアカギの、ハーフ&ハーフみたいな顔してるくせに!
言えよ……!
せめて「ありがと」の4文字を吐き出せよっ……!
私の承認欲求!!!
私の自己顕示欲ぅぅぅ!!!!
膝小僧、完全にくたばったっちまったぁぁ!
……。
……帰ろう。
こうなったら、
焼きそばに野菜たんまり入れてやる。
もやしも、キャベツも、
私のペラ〜いプライドも、
ソースでまとめて焼き付けて、
むっしゃむっしゃと食い散らかしてやる。
そうだよ。
私には、これくらいがちょうどいい。
どうせ──
カピバラにお似合いなのは、
温室育ちのみかんじゃなくて、
痺れた膝で、どうにか手に入れた…
……このオレンジの、特売の
人参、だもの。
……
……///。